Petit My Story
自信のなかった子ども時代
身体が弱く、人見知りで、周りと比べて自信が持てない子どもでした。
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母の故郷である石川県加賀市で生まれ、15歳まで兵庫県加古川市で育ちました。
喘息持ちで体も弱く、よく風邪をひいては小児科へ通う毎日。性格もとてもおとなしく、人見知りで心配性な子どもでした。
早生まれだったこともあり、周りと比べて身長も小さく、運動も勉強もどちらかといえば苦手。
今振り返ると、かなり早い段階から「自分には取り柄がない」と感じていたように思います。
3つの習い事が教えてくれたこと
小学校1年生から、習字・バレーボール・ピアノを習い始めました。

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どれも自分から「やりたい!」と言って始めたわけではなく、流れに乗って始まった習い事です。
習字では、美しい一画を書くために何度も繰り返し練習します。今思えば、一音一音と向き合う楽器演奏にも通じるものがあったのかもしれません。
バレーボールは、運動が苦手な私にとってなかなか大変でした。毎週末の練習や試合、厳しい指導に泣きそうになることもありましたが、6年間続けたことで体力と根気を身につけることができました^^;
ピアノは、一人で音楽に向き合える時間が心地よく、楽譜を読む力や音楽の基礎を学ぶきっかけになりました。小学校では音楽会の伴奏も経験しました。(ただ、手が小さかったこともあり、だんだん限界を感じるように…)
当時は気づいていませんでしたが、この3つの習い事は、今の私の土台を作ってくれていたように思います。
ちなみに、習い事ではないですが、小学校の「金管バントクラブ」で、1年だけユーフォニアムを吹いていました。

フルートとの出会い、そして転校
フルートとの出会いは、私の人生を大きく変えることになります。そして転機が。

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中学校へ入学し、吹奏楽部に入りました。
クラリネットをやってみたい、と思っていたのですが、どうやらリード楽器が向いていないようで、クラリネットもサックスも音が出ませんでした。
そこで出会ったのが、フルートです。
かろうじて音は鳴るし、ピアノより譜読みがしやすい。手や身長が小さい私にも扱いやすく、リードもいらないしコンパクト。
先輩も美人で優しく(笑)私はフルートがやりたい!と思いました。
ところが当時は学校の楽器が不足しており、私は一旦打楽器パートへ配属。夏のコンクールは打楽器で出場しました。
それでもフルートを諦めきれず、親にお願いして楽器を購入してもらい、1年生の秋から念願のフルートパートに入ることができました。
今思えば、人生で初めて「どうしてもやりたい」と強く思えた出来事だったかもしれません。
その後は部内オーディションを勝ち抜き、フルート四重奏でアンサンブルコンテストにも出場。2年目には地区代表として県大会へ進むことができました。
何の取り柄もないと思っていた自分にとって、努力が結果につながる喜びを初めて知った時期でした。
しかし中学3年生のとき、家庭の事情で加古川市から西宮市へ引っ越すことになります。つまり転校です。
慣れ親しんだ土地を離れること、大好きだった吹奏楽部を途中で辞めなければならない現実は、とても辛いものでした。(毎日泣いていました…)
けれど、その転校をきっかけに西宮で個人レッスンへ通い始め、私の音楽人生は新たな方向へ動き出します。

高校生から音大進学、そして大きな挫折
フルートを続けたい一心で進学した音大で、私は大きな挫折を経験します。

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転校先の中学校では、その環境に慣れるのに必死で、将来のことなんて考える余裕がなかったのですが、
6月頃に参加したオープンキャンパスで、のちに進学することになる高校に一目惚れしました。
絶対にここに入りたい!と思い、遅ればせながら塾に通って必死に受験勉強。
その甲斐あって第一志望の公立高校に合格し、吹奏楽部へ入部しました。
中学時代の転校によって途切れてしまった吹奏楽生活を再開し、さらにフルートに夢中になっていきます。
コンクールメンバーやパートリーダー、木管セクションリーダーなども経験し、高校生活の中心には常に音楽がありました。
そして高校3年生の夏。
引退を前に「ここでフルートをやめるなんて考えられない」と思うようになり、音楽大学への進学を決意します。
しかし、金銭的な理由で親は猛反対…。それでも自分の気持ちを貫き、音大の短期大学部へ進学しました。
ところが、待っていたのは理想とは違う現実でした。
高校までの私は、吹奏楽という団体中心のフルート経験。
音大では個人の実力が問われます。
朝は7時から学校へ行き、夜は20時半まで残って練習。
誰よりも努力したつもりはありますが、それでも周りは上手な人ばかりで、比べては落ち込み、思うような結果が出ない。
いつしか、好きだったはずのフルートが苦しい存在になっていました。
今思えば、頑張り方が間違っていたのかなぁと思うところはありますが、
当時は「やっぱり私は向いていないのかもしれない」
と感じてしまって、卒業後は一般企業へ就職しました。

もう一度、音楽の世界へ
一度は諦めたフルート。それでも消えなかった想いが、私を再び音楽の道へ導きました。

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一般企業に就職して5年。がむしゃらに働いていました。
しんどい思いもしましたが、ビジネスマナーを身につけたり、社会の仕組みを知れたことは自分にとって大きな収穫でした。
お金に困っていた学生時代の経験もあって、稼ぐことの大切さも知りました。
しかし、心のどこかでずっと音楽への思いが消えませんでした。
そしてある時、「やっぱりフルートがやりたい」という気持ちを無視できなくなります。
コツコツ貯めていた貯金をはたいて、新しい楽器を購入し、再び本格的に音楽の道へ挑戦することを決意しました。
大学を卒業してそのままフリーランスになっている人に比べると、遅れをとっていると思い
個人レッスンや講習会、合宿に積極的に参加し、本番経験を積むためにボランティア演奏にも数多く取り組みました。
時には東南アジアの貧困地域で演奏する機会にも恵まれました。
どこへ行っても、自分の演奏を喜んでくださる方がいる。
その経験は、音楽の価値を改めて教えてくれました。
少しずつ演奏依頼やコンサート出演のお話をいただけるようになり、演奏活動と指導活動の両方に携わるようになりました。
2023年には初めてのソロリサイタルを開催。
そして2024年、「フルート教室エクリュ」を開講しました。
私自身、音大時代に人と比べ続けて苦しくなった経験があります。
だからこそレッスンでは、一人ひとりが自分のペースで音楽を楽しめることを大切にしています。
うまくいかない時にそっと背中を押せる存在でありたい。
「こうしなければ」ではなく、「こうしたい」を大切にしてほしい。
そんな思いで、日々生徒さんと向き合っています。
フルートを通して、好きな曲を演奏する楽しさや、自信を持つ喜びを感じてもらえたら嬉しいです。

