
「フルートのブログなのに中国茶?」と思われるかもしれません。
実は私は数年前からお茶の世界に魅力を感じるようになり、
紅茶・日本茶・中国茶などを学び、資格も取得しました。
今回は、中国茶界ではとても有名な先生のお話を聞ける貴重な機会。
「美味しいお茶を飲みに行こう」くらいの気持ちで参加したのですが、気が付けば、音楽や演奏についてまで考えさせられる一日になりました。
・技術を磨くこと。
・知識を増やすこと。
もちろんそれも大切です。
でも、その先にある「感性」の話は、音楽にもそのまま通じるものだったのです。
京都・建仁寺で味わった「本物」の中国茶
会場は、京都・建仁寺。ちょうど紅葉が見頃の時期で、京都はたくさんの観光客で賑わっていました。


そんな落ち着いた空間で、中国茶界ではとても有名な先生が、一杯ずつ丁寧にお茶を淹れてくださいました。
今回いただいたのは、すべて烏龍茶。
「烏龍茶」と聞くと、コンビニで売られているペットボトルのお茶を思い浮かべる方も多いと思いますが、
目の前で淹れていただいたお茶は、私が知っている烏龍茶とはまったく別物でした。


6種類くらいいただきましたが、同じ烏龍茶でも
種類や淹れる人によって、こんなにも表情が変わるのかと驚かされました。
もちろん、お茶そのものの品質も素晴らしかったのでしょう。
でも、それ以上に印象的だったのは、「誰が淹れるか」で味わいが変わるということ。
カフェインにあまり強くない私ですが、この日は思わず何杯も味わいたくなるほど、美味しいお茶でした。
一番心に残ったのは、お茶ではなく先生の言葉
もちろん、お茶そのものも本当に美味しく、大満足の勉強会でした。
でも、今振り返ってみると、一番印象に残っているのは、お茶の味ではありません。
先生がお話しされていた、こんな言葉でした。
「有名なお茶が、良いお茶とは限りません。」
中国では、お茶を作っている人が非常に多く、競争も激しいそうです。
そのため、広告や宣伝が上手、というだけで有名になったお茶もあれば、
手間ひまをかけて丁寧に作られていても、あまり知られていないお茶もあります。
だからこそ先生は、
「自分がおいしいと思ったお茶が、一番良いお茶です。」
とおっしゃっていました。
「どのお茶が一番おすすめですか?」と聞かれることも多いそうですが、
「これが一番です」と答えたことは一度もないそうです。
それぞれのお茶に、それぞれの魅力がある。
感じ方も、人それぞれ。
本当にお茶を深く理解している人ほど、一つの正解を押しつけることはしないのだと感じました。
その言葉を聞いた瞬間、「これって音楽も同じだな」と思ったのです。
音楽も「誰が良いと言ったか」で決めなくていい
演奏会へ行くと、終演後によく聞かれることがあります。
「あの人って、上手かった?」
そのたびに私は、心の中でこう思います。
「あなたはどう感じた?」
もちろん、専門家の意見を聞くことは勉強になります。
私自身も、プロとして演奏する立場だからこそ、他の演奏家の技術や表現を学ぶことはたくさんあります。
でも、音楽は本来、自分の心で感じるもの。
「有名な演奏家だから素晴らしい。」
「みんなが拍手しているから良い演奏なんだ。」
そんなふうに、誰かの評価だけを基準にしてしまうのは少しもったいない気がします。
同じ演奏を聴いても、心を動かされるポイントは人それぞれ。
ある人は音色に惹かれ、ある人は表現に感動し、また別の人は何も感じないかもしれません。
その違いは、「正解」と「不正解」ではなく、その人だけの感性です。
周りと違う感想を持つことを、不安に思う必要はありません。
むしろ、「自分はここに心が動いた」と感じられることは、とても大切なことだと思います。
音楽だけではありません。
本や絵画、映画、お茶…。
どんな世界でも、「自分はどう感じたか」を大切にできる人ほど、その世界を深く楽しめるのではないでしょうか。
中国茶の先生の言葉を聞いて、自分の感性をもっと信じていいんだと、改めて感じました。
マニュアルだけでは届かない世界
もう一つ、先生の言葉で心に残っていることがあります。
お茶を淹れる時間やお湯の温度の質問について。
すると先生は、笑いながらこうおっしゃったのです。
「数字じゃないんですよ。」
もちろん、お茶には適した温度や蒸らし時間の目安があります。
でも、それはあくまでも目安。
茶葉の開き具合や香りを感じながら、「今だ」と思うタイミングで淹れることが大切なのだそうです。
(先生はお茶と対話する、とおっしゃっていました)


そして先生は、「お茶はモノじゃない。」ともおっしゃっていました。
自然が育てた茶葉は、一つとして同じものはありません。
だからこそ、その日の茶葉と向き合い、対話するように淹れる。
そんな姿勢が、本当に美味しい一杯につながるのだと感じました。
その話を聞きながら、私はフルートのことを考えていました。
楽器にもその日の調子があり、吹く人の体調や気持ちによっても、音は変わります。
教本やレッスンで基本を学ぶことはとても大切です。
でも、最後は音をよく聴いて、その日の自分と向き合いながら演奏するしかありません。
「この吹き方が正解。」
「この練習をすれば必ず上達する。」
そんな万能な答えはなくて、自分の耳で聴き、自分で感じていくことが
いい演奏につながっていくのだと思います。
中国茶を学びに行ったつもりが、気づけば音楽との向き合い方まで教わっていました。
技術や知識はもちろん大切です。
でも、その先にある「感性」は、誰かに教えてもらうものではなく、自分自身で育てていくもの。
京都でいただいた一杯のお茶は、そんな大切なことを思い出させてくれました。




